2008年02月06日
将軍と呼ばれた人です。
けど本当の将軍ではありません。
ミシェル・プラティニ(Michel François Platini,1955年6月21日 - )はフランス出身の元同国代表サッカー選手、元サッカー指導者。現在のUEFA(欧州サッカー連盟)会長、フランスサッカー協会副会長。1980年代を代表するサッカー選手の一人。愛称は将軍。
ゲームメーカーとして有すべき視野の広さ、足元の優雅なテクニックに右足インサイドキックから繰り出す芸術的なフリーキック、また、素晴らしい得点感覚、どれをとっても「将軍」という愛称にふさわしいものだった。選手時代の素晴らしい記録と実績、それ以上に人々の記憶に残るプレーの数々で今も強烈な印象を残している。
将軍の愛称から中盤の中央でロングパスやスルーパスを操る古典的なゲームメーカーを連想される方もいるが、両サイドに流れたり、ペナルティエリア内に積極的に進入して得点を決める。現在で云う1.5列目やトップ下と形容されるプレーを得意ともした。
フリーキックに関しては1976年の代表デビューとなった チェコスロバキア戦、1981年のスペインW杯予選最終戦オランダ戦、1985年のメキシコW杯予選最終戦 ユーゴスラビア戦、1984年の欧州選手権決勝のスペイン戦など勝負の懸かった重要な試合で得点を決めた事から彼の代名詞となっている。
良くも悪くも影響力のある選手で、1976年の初代表以来、彼を中心としたチーム作りを行ってきた為に、引退後に後継者不在の状況に陥り、その後約10年ほどフランス代表が世界の舞台から離れる結果を招いた。2006年に現役引退したジネディーヌ・ジダンも同様に影響力のある選手で、2004年の欧州選手権後に一旦代表引退を表明しながら予選での苦戦から待望論が沸き起こり、2006年のFIFAワールドカップドイツ大会に出場し準優勝に導いたが、この事は同時に世代交代を一歩遅らせる意味でもあり、20年前のプラティニ引退後の低迷と同じ様な事態が起こらないか懸念される。
1989年、前任のアンリ・ミッシェル監督がイタリアW杯予選で弱小国のキプロスに1-1で引き分けた責任で解任されると、プラティニに白羽の矢が立つ。しかし、元日本代表監督のイビチャ・オシムが率いるユーゴスラビアの前にホーム、アウェイ共に2-3で敗れるなどして予選敗退の結果に終わった。しかし 翌年からの欧州選手権予選ではチームを刷新しパパン、フェルナンデスら過去の栄光を知る選手を軸に、若いエリック・カントナやローラン・ブランらを抜擢、全勝で予選を突破すると優勝候補の一角に挙げられた。 しかし期待されたサッカー欧州選手権1992では最終戦でこの大会の覇者、デンマークの前に1-2で敗れ去り1次リーグ敗退。この責任を取り代表監督を辞任した。
以後、完全に監督業から足を洗い、いずれの国やクラブも率いた事は無い。
(以上、ウィキペディアより引用)
サッカーの将軍ですね!
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